読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

I want none,I wanna talk with you

なんにもいらないから ただはなしをしよう

ひとりぼっち惑星をプレイして

そういえばちょっと前に流行ったゲームアプリでひとりぼっち惑星というのがあった。

SF、特に文明崩壊後の地球脱出&生存可能惑星探査などのお決まりな要素、人工知能同士による終わりなき戦争、残された地球への宛名のないメッセージの送受信などなど…そんな淡々と進む世界観をバックにして流れ続ける切ないBGMも相まってノスタルジックな雰囲気に包まれた面白いゲームアプリだった。

面白いはずだった。

少なくとも自分の中ではそういう世界観を楽しんでいたつもりだった。

しかしこのアプリの認知度が上がるにつれてアプリ3つがかりで製作者が築き上げた世界観が崩壊していくことになる。

大きな問題としてあげなければならないのは、不特定多数のユーザーが参加できることによる匿名で無作為なメッセージ交換にある。
といってもこのシステム自体が悪かったというわけではないということを最初に断っておきたい。
このゲームアプリの興味をひいた点の1つが先ほど述べた大きな問題点でもある、自分で打ち込んだメッセージが同じゲームをしている誰かのもとへランダムに送られるというもの。
名前も顔も知らない誰かに自分の書いた文章が届けられそこで知らない人同士が繋がるというなんともロマンチックでノスタルジックな、海に流すメッセージボトルを思わせるシステム。
まあそのメッセージが届いたところで返信が出来るわけでもなく、また返信を書いたところでその人に届くわけもないという一方通行のやり取りなのだが、そこが逆にSNSにまみれた現代への風刺っぽくて良かったのだ。
(というかそれこそがこのゲームの1番の肝であり、どうしようもない一方通行のやり取りが行き場のない孤独感や閉塞感を助長させるという…ひとりぼっち惑星というタイトルにも繋がっている部分である)
良かったのだけど、これを使うユーザーにこそ問題があった。

受信するメッセージが総じてくだらない。

これに尽きる。

最初こそ製作者が作ったデフォルトで作ったメッセージが6〜7通ほど届き1通届く度にだんだんとこのゲームの世界観が浮かび上がってくるような作りになっている。
そこがワクワクのピークであり、それが終わってしまえば期待していたようなメッセージはまったく届かない。
SFの世界観をまったく無視したような個人的な悩み相談やら過去の過ちに関する独白やくだらないギャグ…などなどそういうのはヤフー知恵遅れか教会の懺悔室でやっていてくれと言わんばかりのメッセージが延々と届き続ける。
そしてそんなくだらないお涙頂戴みたいなメッセージがスクショされツイッターに拡散されてリツイートされていくという全くもって糞みたいな状況が広がっていった。
それを見て僕はアプリをそっと消した。

僕も最初こそ期待してメッセージを書いてはいた。

ずっと好きだったほしのこえに似た感触があったことから漫画版ほしのこえ(原作新海誠 佐原ミズ著)の冒頭の詩的なものをちまちま打ってみたり
宮沢賢治銀河鉄道の夜に通ずるものを感じ、春と修羅を地道に打ってみたり…

みんな今までSF要素があってファンタジックなアニメだったり漫画だったり物語だったりするものを見て知って読んでノスタルジックな気持ちに浸ったからこそ、そういうものをこういうアプリで昇華するべきじゃないのかよ!!

ヤフー知恵遅れやってんじゃねえよ!!

と言いたかっただけの記事でした。

昨今、インターステラーが流行った関連でこういうゲームアプリが注目されたのは製作者の方にとっては良かったのだろうけど(主に収入的な面で)、ブームみたいに扱われてしまって一瞬で忘れ去られてしまったのは誠に残念である。

「とはいえこのゲーム、物語とは関係ない最終的な顛末含めて絶対的な孤独感を演出出来た点は素晴らしかったと言わざるをえない」とかなんとか逆説的にひとりぼっちだということを実感させられるなどとほざくやつは本当に嫌い。

果たしてなにものであろうか

優しさとは果たしてなにものであろうか

好きとは、幸せとは、その短い言葉の中にはいったい何が詰まっているだろう

本を読んでいると時たま、聞き慣れ使い慣れたはずのひとつひとつの言葉がそれまで自分が理解していた意味から遠ざかりどこか知らない世界に飛んでいってしまう瞬間がある
まるで予期せぬ突風にさらわれてしまう帽子のように

好意的な言葉であればあるほどその言葉の本質が見えない
漂いながら形を変えていく雲が人に観測され様々な生き物や物体として意味を持つように、私たちが使っている言葉は一見とても確かなもののようでいて実は同時にそれと同じくらい不確かなものなんだと思う

岡村靖幸 結婚への道を読み結婚という行為自体について初めて深く考えた
映画 式日を観て美しさとは無意味なものにこそ宿るんではないかと考えた
人と寄り添いあい離れることで優しさとは果たしてどんなことがそれに当たるだろうと考えた
1番近くまで心を通わせた人との対話の中で幸せとは人と比べ競い合うものではないんじゃないかと考えた
中田永一の小説を読んで好きというのはまるで純真無垢な言葉に見えるのにその実とても軽率にもなるのかと考えた

色々考えはしたけど答えは絶対的なものなんかではない
ましてやその答えに意味なんかなくたっていい
どこかで誰かが言っていたけど、人生というのは無意味なものに意味を見出していくことそれ自体を指すんだと
敷かれたレールに沿って進む人もどこか遠い異国の街を旅する人もそこに何かしらの意味を見出そうとしてるんだろう
僕は僕のままでいられないし君も君のままではいられないけど、それでも死ぬまでは生き続けるんだろう




とまあこんなことを書き連ねながら結局何が言いたかったのかを見失ってしまった
掴めそうだと思った言葉の尻尾を手繰り寄せても望んだものとは違って見えてしまうものだ

流行りに呑まれ人は進む 周りに呑まれ街はゆく

サンクスの窯出しプリンが120円くらいで買えた頃よく買って食べていた。
近頃食べてないなと思いつき買いに行ったら、なんと150円まで値上げをしていた。
いろんなことが知らない間に変わっていくものだなとそんな当たり前のことを考えながら帰り道を行く。

ツタヤで借りていた舞妓はレディを返すついでにプリンを買いに出たわけだけど、外に出てみたら雨がぱらついていたので渋々傘をさす。
だらだら駅前の通りを歩いていたら、雨が降る夜に傘を持っていなかった彼女のために駅まで迎えに行ったことがあったなとなんとなく思い出した。
こんな風な日常が続くもんだとばかり思っていたけど、そんなことを思っているのは大抵バカな男の方で、ちょっとの綻びでそんな些細な日常は簡単に終わってしまうのだった。
とほほ…
めでたしめでたしになることはなるべく頑張って自分で引き寄せていかなければいけないね。

そういえばサンクスもサークルKもファミマに統合されてしまうらしい。
なんだか少し悲しいような気もする。
物事も感情も知らない間に変わる。
僕は時代のものじゃなくてあなたのものになりたいんだって源くんの中でも屈指の良フレーズだと思うけど、そんな歌みたいなこと出来たら世界はもっと愛で溢れてるだろうなあ。

aiko-May Dreamレビュー

aikoさんのニューアルバムが発売されたので、聴いてみた感想をざざざっと…


聴き進むうちに思ったのは前半に良い曲が集中してしまっていること。
これはaikoに限った話ではなくて現在のJPOPシーンにおいてこういう傾向が顕著に現れてるように思うけど。
アルバムというものがボリューミーになればなるほど最後の最後まできちんとアルバムを聴き続けられる体力を現代のリスナーは持ち合わせていない。
その為にアルバム序盤からキャッチーな曲を並べ飽きさせまいとするあまり、後半にたどり着いた頃にはお腹が満たされてしまい、結果クオリティにばらつきが出てトータルバランスが保てなくなるという…。
かく言う自分もいちリスナーとして、収録曲が多ければ多いほど嬉しいと感じてしまうのは確かなので一概にこの傾向を悪いとは言えないのだけど、最近になってようやく収録曲は10曲くらいがちょうど良いんじゃないかと思ってきてはいる。
今回は、近年のaiko作品の中でも後半がかなりあっさりとしていて失速してしまった感が否めない。
とは言いつつも蒼い日の必殺aikoバラードで終わり良ければすべて良しと思わせてしまうところは流石としか言いようがないけど。


気になった曲のピックアップ

1.何時何分
アメちゃんうんぬんに気を取られがちだけど、こういうミドルテンポのエイトビートにマイナー進行のブリッジミュートでずんずん進んでいくナンバーはaikoってあんまりやってこなかったんじゃないかな。
aikoの曲はリズムのバリエーションで曲に違いを持たせがちなのでこんなにシンプルで力強いアプローチは意外と新鮮に感じられて良かった。
Aメロの歌メロの載せ方が譜割り含め素晴らしい。
気になったのはキー設定。
aikoも喉の衰えがだんだん高音から忍び寄ってきてるんだと思うけど、サビのさようならー・好きだよーというフレーズのケツがどっちもファルセットになってしまっているのがなんとも惜しい。
ロージーを伸び伸び歌ってた頃の全盛期のaikoならここは地声でいけたんではないかなと思ってしまう。
オケががっしりとして力強いからこそ歌がそれを先頭で引っ張っていくぐらいの強さが欲しいと思ってしまうのは今のaikoには酷な事なのか。
あ、でもそう言えば何かのインタビューで今回はキーを全然気にしないで作ったからファルセットが多くなったみたいな話をしてたな…。
うーん、まあでもライブ動画とかを見ていても確実に声は出にくくなってきてるように思うから、この先どうなっていくか不安要素の1つではあるなあ。
と色々文句をつけたけど、このアルバムの中では2番目に好きな曲。

2.あたしの向こう
初めて聴いた時の印象は現代的なロックチューン。
このBPMの速さでaikoお得意のパンクチューンになってないのはボカロ出身の人がアレンジで付いてるからなんだろうな。
キメが複雑なので一回聴いただけだと曲の構造がイマイチ把握できないっていうのは現状のJPOPにおいてマイナスポイントだと思うけど、理解しようと思って何度も聴いてるうちにエモーショナルさに当てられヘビロテしてしまうのは計算の内なんですかね笑
そこらへんのロックバンドよりもよっぽどエモい演奏とaiko大先生の切実な歌詞が一体となって生まれる無敵感は、忘れかけていたロック小僧の血を呼び醒ましてくれた気がする。
速い曲ってわりとすぐに飽きがちだけど、この曲は複雑さを極めているせいかスルメに楽しめるのもよいところ。
アルバムの中では1番好き。

3.冷凍便
こんなタイトルaikoしかつけねーよ笑、と思いつつ。
お得意のマシンガン詰め込み譜割りが遺憾なく発揮されている16ビートのシティ感がある曲。
途中のジャジーパートには思わず、うわあこれは格好良いって思っちゃうじゃんって口に出して言ってしまった。
イントロが若干冗長なのが少し残念かな。

4.もっと
4分の3拍子。こんだけキャリアが長いにも関わらず、なんだかんだこういうタイアップに耐えうるような曲を書けるaikoさん流石っすみたいな曲。
キャッチーだしaikoにしてはやたら素直なコード進行。とりたてて文句をつけようがない。
ダメ恋見てたこともあってわりと思い入れがある笑

5.信号
CMタイアップ曲。初めてテレビから流れていたこの曲のサビを聴いた時はaikoだと思わなかった。そのくらいサビは頭からずっとファルセットというaikoにしては珍しいキー設定の曲。
Mステとか地上波の音楽番組で披露してたから、アルバムのリード曲なのかな。
サビに新しさを感じるけど、Aメロとかはいつものaikoの変態メロディーが炸裂してる。
アレンジも彼女らしさを感じるので、こういう曲はaikoの王道と言って差し支えない気がする。

7.愛だけは
ピアノバラード。サビのメロディーで勝ってる曲。こういうのをきっちり作ってアルバムにぶち込んでくるあたりある意味aikoは抜け目ない作家なんだと思う。
昔だったらもっとオーバーアレンジで何回か聴いたら飽きそうな感じになってそうだけど、そこは大人になったのか楽器隊の引き算がうまい具合に機能して曲の耐用年数を上げてる気がした。

各曲のピックアップは以上。

総評
通しで2周くらいしてみて、何時何分〜愛だけはに至るまでこいつはマジの天才だなと思うしかないほど、シングル含め集中豪雨みたいな良曲を連射されぶちのめされる。
というかこれが12枚目のアルバムだということに愕然としてしまった。
この人今までどんだけ曲作ってきたんだろう…年輪を重ねてきた凄みというかなんというか。
今作もaikoの良く言えば普遍性、悪く言えばマンネリ感は健在。
アレンジャーは長年二人三脚してきた島田さんから離れボカロ出身の人を起用したようなのだけど、目に見える変化が感じられないのはaikoさんの凄さなんですかね笑
全体として捉えてみると、これでアルバム引っ張って行きますよ的な分かりやすいリード曲はないものの前半から粒ぞろいの良曲にじわじわとボディーブローを喰らわされ、折り返しくらいからは試合が若干間延びするものの最後は判定勝利をもぎ取っていく…チャンピオンの防衛戦みたいなアルバムだなと思った。笑


余談
Amazonに投下されているaikoファンの熱心なレビューとかを読んでみたら、aikoの良さって人によってまったく違ってしまうことに驚いた。
泡のような愛だったは個人的に好印象なアルバムだったのだけど、人によってはシングル落ちの寄せ集めみたいとか言われてたし…
辛口レビューをしてる人はアレンジャーの変更と絡めてることが多かったけど、そんなに気になるかなというのが個人的な意見。
先行で出したシングル4枚のカップリングに良い曲が多かったので、そこらへんをアルバムの曲と交換しとけばもっと良い内容になったのに…
次回作は先行シングルなしで10曲入りのアルバムとか出してみて欲しいなあ。
aikoってファンからもシングルどれ切ってても別にいいよって思われてるみたいだから、そのくらい挑戦的なことした方がマーケティング的にも面白いと思うんだけど。

May Dream(初回限定仕様盤A)(Blu-ray Disc付)

May Dream(初回限定仕様盤A)(Blu-ray Disc付)

時間の折り返しを過ぎて

最近、空き時間を見つけてはなるべく読書をしようと心がけている。高校生くらいからまともに本を読んでいなかったから、本と向き合うのはたぶん7年ぶりくらいなのか。
こうやって文字に起こしてみると7年という歳月に自分自身驚いてしまう。
読書とは関係ないけど、人間の体感する「時間」という概念の折り返し地点はだいたい20歳くらいらしい。
20歳過ぎてからもう5年も経つなんてなんだか笑えてくる。

読書をまた始めてみようかなと思ったのも細野晴臣分福茶釜というエッセイ的な本を図書館で借りて読んでみてからだ。
昔はよく小説を読んでいたなと思う。小学校高学年〜中学生の頃は電撃文庫西尾維新の小説をよく読んでいた。夢中になって。
でも、今の自分には現実と地続きになっていて、尚且つ他人の言葉の海の中を漂えるエッセイの方が向いているのかなと思える。

本を読んでいると自分自身を一歩引いたところから見つめて、頭がクリアになっていく感覚になる。
音楽だと自分はとても冷静でいられなくなって、ここはどうなっているんだろう・ここのコード面白いな・リズムパターン格好良い…とか余計な事に熱が入ってしまう。

そう言えば、音楽を単純に音楽として楽しめなくなってしまったのはいつ頃だろう。
自分で曲を作るようになってバンドを組んで演奏していく内なのだろうか。

プレイヤーとして演奏する側の楽しみを味わえる代償として、中学生で音楽を能動的に聴き始めた時の心の奥底から湧いて出てくるワクワクはもう自分にはないのかなと思う。
それでも音楽を好きでいるのは何故なんだろう。
2度と出逢うことはないであろうあの感覚をまだ諦めきれずに探しているんだろうか。
それとも、自分の中に音楽を聴いてきた何かしらの答えがあるんだろうか。
わからないからまだ聴くのか。

忘れることの尊さ

ずっと覚えていたいと願うことばかりを忘れてしまう
忘れたいと願うことが忘れられないのはなぜ?
教えてよ


人はそんなに上手に出来ていないけど、忘れてゆくことで前に進める事があって、忘れないことで前を向く事が出来る、そんな生き物なんだと思う。

変わって欲しくないと自分自身がいくら思ったところで、僕も君も変わっていってしまう。
それを受け止めていくのも、生きるってことなんだろうな。

いくら綺麗に嘘を塗り固めて築きあげても、その嘘が本当にならない限り、それはいつか崩れてしまうものだってやっとわかったような気がする。

君も君のために生きて欲しい。

誰の為でもなく、君のために。

涙の果てに海になる

いつか全てが思い出になる

忘れてしまえば風になる

死して土になる

涙の果てに海になる

 

 

最近、思ったことや思いついたこと・考えたことなんかを忘れないようにしようとメモに残すことが多くなった。

あの人が僕の前からいなくなって、なんとか自分自身の中で折り合いをつけようとしてきた自分がいた。

それは、たとえばあなたからの連絡を無視するという稚拙さだったり、SNSにあなたの痕跡を探す未練がましさだったり。

怒りや悲しみや虚しさや苦しさ、そういう負の感情を並べ立てて自分を悲劇のヒロインに仕立て上げるのは至極簡単なことだし、それをしたところで迷惑をかけるような人の範囲もたかがしれているので構わないといえば構わない。

だけど、この感情を怒りや悲しみに変換したところで、こいつらに行き場所なんてない。

平静が欲しいわけではなく、怒りは怒りのままでいいだろうし悲しみは悲しみのままでいい。

ただ、自分という存在はそれらの感情を許さなければ、許していかなければいけないという気持ちが唐突に起こった。

そういう行き場のない感情を受け止めてくれる人を待つのではなく、自分から受け止め許すことが必要なのだと。

だから思ったことはメモに留めておく。

ああ自分はこう思ったのだ、と。

こんなことを考えたのか、と。

そしてそれをひとつひとつ自分の中で昇華していくしかない、と。

みっともない未練もクソみたいな気持ちも、どうしても忘れられない記憶も全部全部、全部含めて全部背負って生きてくしかない。

たまたま残ってた写真に少し嬉しくなってもいいじゃないか。

なんの連絡もないことに悲しくなったっていいじゃないか。

目に映った景色の中にあなたとの記憶が浮かんだっていいじゃないか。

それも全部、どうしようもなく自分なのだから。